無為の生き方
世界人類が平和でありますように

章 「消えてゆく姿」の教え
    ―「消えてゆく姿」こそ、五井先生の教えの真骨頂―

 「消えてゆく姿」を極める

「消えてゆく姿」とは

過去において、栄耀栄華を極めた権力者達も、今はその陰すらありません。今この地球に生きている人達も、これから百年後に何人の人が生きているのでしょうか?この広大無辺なる宇宙世界も、始まりがあれば必ず終わりもあるはずです。形あるものは、すべて消えてゆく、これは真実です。

今、病気で苦しんでいる人も、その苦しみは永遠に続くものではありません。不幸も災難も、はたまた、愛する人を失った別離の悲しみも、すべて、消えてなくなるものです。まさに、現れの世界は「諸行無常」、永遠なる確かなものは何も存在しません。

しかし、神は人間を自らの分身としてこの世に送り出し、神の意志をこの形の世界に創ろうとされているわけですから、「消えてゆく姿」の根底には、神の光明が輝いていることを知るべきです。

すべては、過程であり「消えてゆく姿」であることがわかれば、現れてくることに一喜一憂することなく、神に想いを向けることができるようになります。

すべては「空」なれど

 現れの世界は消えてなくなる

 すべては「空」なり

「空」の奥底に「実在」はおわす

実在は無限なる叡智、光、愛なり

我はその実在と一つのものなり

故に、我は未だ死んだことも病に苦しんだことも悩んだこともない

現れの世界は夢・幻

 その中で一喜一憂することの愚かしきを知れ

すべては「空」なり

色即是空 空即是色

空、空、空、空、空、寂々

真理は単純なれど

すべては「空」なれど

「空」に「食えず」

すべては「空」であり、「空」の中からすべてが生まれることを悟ることです。

しかし、例えば病に苦しむ人が、すべては「空」なり、「病はない」、と病床から起き上がれるでしょうか?

自らの不幸を嘆き、どんな逆境の中にあっても、「実相は完全円満!」、と自らの本体である神のみを観続けることがどれだけできるでしょうか?

一念発起し、寺や山に籠り滝にあたったり、座禅観法や瞑想をしたりして、どれだけの人が「空」になれるでしょうか?一時的に現象を否定することができても長続きはしません。人間の業は深く、そんなにたやすく「空」になることはできません。山に籠り、空(クウ)に食(クウ)えなくなると五井先生が冗談でおっしゃっていた通りです。

現代人は社会生活を営んでいますから、山に籠っていては生活を続けることはできません。社会生活を普通に送りながら、「空」になる方法が必要です。それが五井先生の説かれた「消えてゆく姿」の教えです。日常の生活を送りながら悟れる道です。一辺に「空」になろうとせず、現れてくるものすべてを「消えてゆく姿」と観て、祈りに替えてゆくことです。


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