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 デジタルアート論


デジタルアートと芸術の不規則性について・・・

デジタルアートの可能性と芸術性について論じてみます。



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私はこの数年デジタルアート(コンピュータグラフィクス)に興味を持ち制作に励んでいます。もう何台のコンピュータを乗り継いだかわかりません。今のコンピュータの進化は目まぐるしく、3年も使えば性能が見劣りし買い換えてしまう状況です。

コンピュータは「習うより慣れろ」で、理屈よりも触って失敗を繰り返しつつ自分が覚えていくことが大切です。

今、画像処理のソフトに「Adobe Photoshop」があります。これは一本10万円もする高価なもので私などは買いたくても買えず、仕方なくスキャナーにバンドルしている「Photoshop英語Le版」を使っていました。英語ですので訳がわからず一つ一つの機能を確かめながら自分で日本語マニュアルを作りました。今ではやっと本物を手に入れることができ作品作りに励んでいます。

最初は、デジタルアートは芸術になりうるのか不安もありましたが、今では反対にデジタルでしか表現できない領域を発見し将来への可能性を大きく感じています。

本来、芸術は「不規則性」というものが本質にあります。「ルノワール」の芸術論の中で「地球は丸くない。オレンジも丸くない・・・一枚の木の葉・その同じ種類の葉を10万枚でもとってみたまえ。どれ一つとして似たものはないだろう。」と言っています。すなわち、宇宙は規則性をもって秩序整然と運行しているが、その中は不規則性そのものであります。私がこよなく愛する「光悦」の器はまさにそれと合致している。光悦の器は規則的な円ではない・・・ほんの僅かにねじれてシンメトリーを欠いている。また、かの有名な「セザンヌ」の静物画の花瓶は僅かに中心をずれて傾き画面に動きと躍動を与えている。これは下手でそうなったのではなく、意識して画面を構成しています。

芸術はこの不規則性を元に置き、秩序ある宇宙を創造していくことであるのです。
 
デジタルアートはこの不規則を持つことができるのか・・・最初は、はなはだ疑問を持っていました。もしかすると、デジタルアートは芸術になり得ないのではないかという不安がありました。無機質な機械に有機的な生命を吹き込むことができるのかということであります。しかし、作品を作り続ける内に答えを見いだすことができた。機械を操っているのは人間であり、人間の心がそこに存在している以上、芸術は成り立つことを・・・・。

現に音楽においても、素晴らしいデジタルミュージックを数多くの人が創造している。(姫神の最新アルバム「未来の瞳」には大いなる感動を持って聞いています)コンピュータグラフィクスの作品においても同じで、今まで手書きでは表現し得なかった新しい領域で、その威力を発揮することができるのであります。

今はまだ入り口に立っているところですが、これから四次元的な空間を自由に表現できるようになると確信している。

要は、手で描こうとコンピュータで作ろうと、それを作る人の心こそ問題であり、芸術とはまさに「心そのものである」と言えます。

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